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銀座山形屋の歩み

銀座山形屋が明治40年より世に紡ぎ出したスーツは、洗練されたセンスと高い実用性で、人を惹きつけてやまない。すなわち、老舗テーラー・山形屋の歴史は、鋭い審美眼を持った顧客たちの歴史でもある。

海外の著名アーティストをも虜にしたテーラー技術

1966年7月1日、ビートルズ来日。日本中が熱狂の渦に巻き込まれていたころ、銀座山形屋でデザインと仕立てを担当していた宮川健二は、その渦のまさに中心へ身を置いていた。

ファッションに独自の哲学を打ちたてていたビートルズ、中でも特にスーツを愛用していたポール・マッカートニー氏が、山形屋の仕立てを熱望。宮川が滞在ホテルへかけつけ採寸を行うと、彼のセンスを見抜いたマッカートニー氏は多くの注文をつけず宮川に全て一任したという。

彼らが日本を離れる日の朝、スーツを受け取ったマッカートニー氏は喜び勇んで即座に着替え、そのまま飛行機に乗り込み日本を去った。銀座山形屋が手掛けたスーツを身にまとうマッカートニー氏の姿は、今日まで写真に残されている。

終戦後、来日した欧米人の間で銀座山形屋のスーツは評価を呼び、その仕立ての腕が口コミで広がった

銀座山形屋のデザイナーであった宮川健二が、ポール・マッカートニー氏の前で描いてみせたデッサン画

海外の著名アーティストをも虜にしたテーラー技術

創業より100年以上の月日が流れ、銀座山形屋はモノ造りへの真摯な姿勢を愚直なまでに貫きとおし続けてきた。戦後の混乱期にはたった1軒のバラック建てに過ぎなかった店舗が、今や30強の支店を全国に展開する規模となったのも、その職人気質によるものだろう。

逆説的ではあるが、伝統を守るには革新が必要とされる。匠の技をベースに、時流の先を行くコンセプトを果敢に打ち出していくのが銀座山形屋のメソッド。人の印象や所作を大きく左右し、結果ビジネスの成り行きまでも変える力のあるスーツに全精力で取り組んできたテーラーの真骨頂だ。

スーツに刻み込まれた伝統の理由、ブランドの価値を、是非一度は肌で感じ取ってもらいたい。